ナニモノ図鑑、7人目。
ルール:ちゃんと話せた人か、掘れた人か、惚れた人を載せる。
今回も、お酒を飲みながら話しました。
と、言いたいところですが、ほとんど飲めませんでした。
衝撃が大きく、しかも多すぎて、受け止めきれず。
終わったころには、ヒゲ、放心状態。
それくらいの衝撃回。最後には涙も。
果たして、なぜ…
第一印象、ひとことで言います。
『ゆるふわ姉さんの、丁寧な暮らし🌸』
Substackを始めて、1週間くらいの頃。
まだ記事は読んでおらず、monaさんのタイムラインだけ眺めてた頃の話です。
やわらかいアイコン。言葉遣いが丁寧。
たまに上がる、映える食事の写真。
美術館とか、寺社仏閣の写真。
あ、丁寧な暮らしをしてる、心に余裕のある人だ。
素敵。ぜったい、おっとりした人だな。
そう、思ってたんですよ。
ところが、です。
追い始めると、様子が変わる。
(もう、みんなそうなんだから😮💨)
出るわ出るわ。
やわらかい言葉の奥から、とんでもない量の引き出しが、次々と。
哲学。心理学。社会学。算命学。東洋思想。歴史。アート。わびさび。
おまけにサックス🎺
(サックス!? 肺活量もあるの!?)
古事記から、AIまで。
仏教の空思想も、密教の悟りも、孔子も、するっと出てくる。
しかも、借りてきた知識じゃないのがエグみを増す。
全部、自分の人生を通して、腹に落としてある。
そしてここが、この人の、底が知れないところ。
これだけ思慮深くて、知識が深いのに、文章がまったく、固くない。
むずかしいことを、むずかしいまま、書かない。
スルりと、こっちの心の、柔らかいところに言葉が届いてくる。
国語が、めちゃくちゃ得意な、文才さん。
と、最初は、そう思ってました。
でも、追えば追うほど、それだけじゃ説明がつかない。
……あ、この姉さん、ただものじゃない。
そう思って、僕、第二印象を、出しました。
『百戦錬磨 千手観音👐』
相当、人生をくぐってきてる。
そのうえ、引き出しが多すぎる。手が、千本生えてる。
どこを叩いても、ちゃんと深いところから、答えが返ってくる。
完璧なんですよ。スキがない。
そして、極めつけが、ライブ配信の前日くらい。
この人、スタエフ(音声配信)を、初めてあげたんです。
文才さんだと思ってたら、まぁ~、きれいに話す。
声も良い。噛まない。嫉妬。
…宣戦布告でしょこれ。
「私、書けます。あぁ、お話もできますけど?」って、ジャブを打たれた感じ。
(煽ってきてますよね?)
文章だけじゃなかった。
喋りも達者。引き出しも多い。
はい、これはもう、掘らせる気がないやつです。
「掘れるもんなら、掘ってみなさい」って、ニコニコしながら言ってる。
(OK、やったりますわ。図鑑の意地です。)
が・・・、どこから掘るかすら、つかめない。
この人、完璧すぎて、芯が掴めない。
千本ある手の、どれが本体なのか。
やわらかいのか、強いのか。悟ってるのか、そうじゃないのか。
掴もうとすると、ふわっと霧散するような。
だから今回は、掘り下げじゃなくて、人生を頭から追わせてもらった。
そうしないと、この、完璧な千手観音様の核は、絶対に掴めない。
まさに仏様と対峙しているような感覚。
あ、そうそう。
実際に配信で話してみたら、この完璧な千手観音様、めちゃくちゃ大阪の人でした。
開始5分で、
「私、ボケもツッコミもできるんで。大阪人として自信を持って。」
「オチのない話は、査定させていただきます」って。
この時点で、ヒゲのヒゲが折れました。
(チーン。)
第一印象が、ここでガラッと変わる中、本題へ。
長屋の子
monaさん、大阪の生まれです。家はすごく貧乏だったと。
お父さんが、小さな工具屋さんをやってた。
元は会社員で、勤めてた会社が倒産して、お客さんを連れて独立した人。
自由にお金が使えるようになった結果、めちゃくちゃ遊び歩く人になった。
家には、ほとんどいない。帰ってくるのは、深夜2時。
しかも、酔っ払って、誰も頼んでない寿司を買ってきて、「買ってきたぞ」って。
昭和の迷惑おやじ。
(ヒゲに言う隙を与えず、自分で言ってた。)
外では、羽振りがいい。
奢って、旅行して、「社長社長」って人が群がる。
でも、家には、金を入れない。
住んでたのは、長屋。台風が来ると、瓦が飛んでいく。
それを、直すお金もない。
お父さんと遊んだ記憶も、家族旅行の記憶も、ない。
夜中に両親が喧嘩する声で、目が覚める。そういう家でした。
で、この子、小学生にしてもう、こう考えてるんですよ。
「なんで、うちなんだろう。」
「なんで、私、生きないといけないんだろう」
少しゾッとしました。
…小学生が思うことじゃない。
本人、こう言ってました。
子供の頃から、生きたいって思ったことがなかった、と。
気づいたら、死に場所を探してた。
ここから飛び降りたら死ねるかな、とか。
ただ、それを選ぶと、母親が傷つくよな、と思って、やめてたと。
(サラッと明るく言うから、こっちの手が止まる)
「生きるって、なんだ」
これが、この人の一生のテーマになります。
そして、この問いが、この子を本の世界に連れていくんです。
擬態
さて、そんな家庭の子が、学校で、どうしてたと思います?
暗い子?
いえ、めっちゃくちゃ、陽キャでした。
貧乏がコンプレックスだったから、
「金持ちには、負けない」っていう、謎の負けん気が発動する。
成績は、クラスで一番。
塾に行く金なんてないのに、一番。
それが、自分との、約束だった。
しかもこの人、学校では寝てるんですよ。授業中、堂々と。
じゃあいつ勉強してんのっていうと、家で、通信教材で先取りしてる。
わからないとこだけ、学校で先生に聞く。
それが、いちばん効率がいいから。
(小学生が、学校をそういう使い方する?)
で、ここが、この人の、いちばん最初の核心。
本人が、こう言うんです。
「私、ベースが、擬態なんですよ」って。
擬態。
陽キャのグループにも、混じれる。
いじめられてる大人しい子とも、遊べる。
トランプが流行れば、そのグループに、すっと入る。
どこにでも、溶け込める。
でも、どこにも、本当の居場所は、ない。
はみ出してる自分を、はみ出さないように、擬態して、やり過ごす。
「大阪では、面白いキャラさえ作っとけば、必勝なんですよ」って、笑ってました。
貧乏な長屋の子が、生き延びるために、身につけた技術。
それが、擬態。
自分の子供の頃を『擬態』してたって。
この表現から、少し温度が変わってきたのを感じました。
(この時は、まだ、ヒゲも少し笑えてました。)
そして、これは、40年続きます。
で、さっきの「生きるって、なんだ」。
あの問いを抱えた子が、どこに向かったかというと、図書館でした。
小学3年で通い出す。
古事記、日本書紀。ギリシャ神話、オリンポス神話。
小学生の、愛読書が、それ。
哲学、宗教、神話。
全部、「人は、なんで生きるのか」を、大昔の人が考えた記録じゃないですか。
自分がひとりで抱えてる問いの、答えが、そこにあるかもしれない。
だから、読み漁った。
小説も、山ほど読んだ。
小説の主人公に、自分と似たようなことを考えてる人が出てくる。
「あ、大人でも、こういうこと考えるんだ」って、わかる。
それが、うれしかった、と。
現実に、話が通じる人は、いない。
だから、本の中に、似た頭の人を探してた。
……これ、この人の核の一部。
小学生のうちから、世界を頭で理解しにいってる。
しかも、目に見えているモノではなく、もっと次元の高い、見えない本質の部分まで。
自分の外側で起きてることを、片っ端から言葉にして、整理して、腑に落としていく。
達観、っていうと軽いけど。
この子はもう、この頃には、世の中を一段上から見てました。
この「なんでも、先に、頭でわかってしまう」力が、
あとで、この人を救って、そして、いちばん深いところで苦しめます。
(このあたりから、コメント欄も静かになっていく。)
泣けなかった15歳
中3の夏。お父さんの会社が、倒産します。
しかも、家族に内緒の、とんでもない額の借金があった。弁護士も驚くレベル。
母も、巻き込まれて、一家で、自己破産。
「社長社長」って群がってた人たちは、蜘蛛の子を散らすように、いなくなった。
「お金で繋がると、こうなるのか」
15歳で、それを悟る。
そして、その年の冬。1月。お父さんが、亡くなります。
家で、突然でした。目の前で。
私立の入試の、1週間前のことでした。
この話を聞いたとき、一瞬、頭が止まりました。
言葉が出なかった、っていうより。
この人が、15歳で、くぐった場所の、深さに圧倒されて。
こっちの頭が、追いつくのを、やめた。そういう感じの、停止。
なにが、深いか。
monaさん、お父さんが亡くなったとき、泣けなかったんです。
いや、正確に言うと、「泣ける、泣けない」の手前の話。
「悲しい」っていう感情が、うまく、湧いてこなかった。
全部、頭で、わかってしまったから。
ここで、さっきまでの話が繋がる。
この人、小学生の頃から、世界を頭で理解して、整理してきた人。
哲学も、宗教も、人の生き死にも、本で先に読んで、”理解”できてしまった。
人間って、たぶん、予測できないこと、理解の範疇を超えたことに、整理できないものに、ぶつかったとき、感情が揺れるんですよ。
わけがわからないから、悲しい。
想定外だから、こわい。
でも、この人は、父の死すら、”頭”で理解できてしまった。
倒産して、借金があって、酒をやめられなくて、こうなる。
全部、線が、繋がってしまう。
理解の範疇を、超えてこない。だから、感情が、大きく揺れない。
しかも、
仮に揺れたとしても、その、揺れてる自分を、もう一人の自分が、上から見てる。
「あ、いま、私、動揺してるな」って、俯瞰で、他人事みたいに見えてしまう。
見ないように、しようとしても、見えてしまう。
膨大な思想や知識に触れる中で、喜怒哀楽のすべてを経験して、悟った人かのように。
もう、子供の時に達観してた。
昔読んだ小説の、一節まで、思い出す始末です。
自分を同情させるために流す涙は、死んだ人に、失礼だ。
それを、父の前で、思い出してしまう。
「私は、父を悼んでもいないのに、泣くのは、逆に、失礼なんじゃないか」って。
15歳が、ですよ。
自分の悲しみを、リアルタイムで、俯瞰して、分析して、採点して。
その結果、「泣く資格がない」っていう、結論まで出しちゃう。
そして、彼女は、自分にこう刻みます。
「私は、感情が動かない、薄情な、欠陥品だ」
……ちがうんですよ。
欠陥品なんじゃなくて、頭が良すぎたんです。
もう、頭が良いっていう表現も、合ってるのか分からない。
なんでも、先回りして、”分かってしまう”から、感情が置いていかれただけ。
そして、そんなことさえ、言われなくても、自分で理解できてる。
「みんな泣いてるのに、私は泣けない。私は人間として、欠けてる」
それも、頭で理解できてしまった。
この「欠陥品」の刷り込み、20何歳まで解けなかったそうです。
本人の言葉です。
「感情を、味わうっていうことを、しそびれたんですよ。子供のくせに」
いちばん、感じていいときに。
いちばん、感じるべきときに。
「わかる」が、速すぎて、「感じる」を、置き去りにした。
長屋の子が、生き延びるために磨いた「わかる」の力が、
いちばん大事なこの場面で、この人から、感じる、を奪っていったんです。
(もう僕にも余裕が無いので、そのまま、置かせてください)
ここまでが中学生。
しかも、受験前に人に、父の死を言うことでもない、と、周囲は誰も知らずに卒業。
そして、高校へ。
本人曰く、入学当初は「軽くうつ」。
弱いと見られたくない。貧乏も父の不在もバレたくない。
だから、しばらくぼっち飯。誰とも喋りたくないモード。
でも、吹奏楽部に入って、そこで喋る仲間ができて、ぼっち飯は卒業。
そこからは、吹奏楽部に没頭し、現実逃避。
「言葉にできないから、感じてることを、楽器(サックス)にぶつけた」。
部長までやって、本人いわく「一応、青春だった」。
上手くて、周りから「音大行ったら」と言われるレベル。
お金があったら音大に行きたかった、が後悔のひとつ。
本人は、まだ、たんたんと、少し笑いながら話していたようにも見えた。
(もう、酒スタックの様相は、いつもと完全に違ってました)
ひとりで、いけるやろ
大学の話もしておかないと、この人はわからない。
選んだのは、社会心理学。
「人って、なんだろう」を、今度は学問で追いに行った。
この大学、グッチとか、社長令嬢とかが、うようよいる、お金持ち大学。
なぜ?
支給の奨学金、返さなくていいもらえるやつが多かったから。
それ目当てで、あえて、格差のど真ん中に飛び込んだ。
案の定、醒めます。
「なんだ、この、苦労のない、お坊ちゃんお嬢ちゃんたちは」って。
そのうえ、この時期、2回目のうつが来ます。
また、誰とも喋りたくないモードに入る。
サークルにも、入らなかった。ずっと、ぼっち飯。
「友達を作らない」って、決めて貫いた。
「ひとりでいけるやろ、大学なら」って。
寂しさじゃなくて、「余計なものを、入れる余裕がない」っていう、キャパの判断。
心のコップがいっぱいだから、これ以上、注がない。
もう、この歳で、自分の容量を管理してる。
じゃあ、そのひとりの時間で、何をしてたか。
誰かと、ワイワイ就活する代わりに、自分に目標を課してました。
1年目は、本を1000冊読む。授業中も、堂々と。
2年目は、ブラインドタッチを覚えて、ホームページを作って、Word・Excelを、完璧にする。
分析ができないから、と、社会調査士の免許まで取る。
全部、ひとりで。全部、自力で。全部、やりきる。
誰も見てない。褒めてもくれない。
なのに、自分との約束は、絶対に破らない。
長屋で「成績一番」を自分に課した子が、そのまま大きくなってました。
擬態して、群れの中にいても、本当のところは、いつもひとり。
ひとりで決めて、ひとりでやりきれてしまう人。
この「ひとりでやりきる力」が、次の場所で爆発します。
16時間×365日
社会に出て、いくつか仕事を経験したあと、この人、東洋思想・算命学の世界に、入っていきます。
きっかけは、ある人との出会い。
その人の言葉に、惚れ込んで、全部、吸収したくなった。
……で、ここからの働き方が、もう、桁が違う。
詳しくは書きません。まだ、ある場所の話なので。
ひとことで言うと、ほぼ、休みがなかった。
大晦日も、元旦も、境目がない。そういう働き方を何年も。
(比喩だと思うでしょ。比喩じゃないんですよ、これが)
しかも、片手間じゃない。
経営の中枢まで入り込んで、会社を丸ごと、背負うような役回り。
抱えきれない量をやりきってしまう。
…ほら、出た。大学で見た、あの「ひとりでやりきる力」です。
なんで、そんな場所に、居続けたのか。
理由が、この人らしい。
好奇心です。
生きる意欲が、あんまりない人。
その人が、唯一、生きてる感じがするのが、好奇心が回ってるとき。
そして、その好奇心の、まるごとの対象が、その人であり、その世界だった。
わかりたい。全部、吸収したい。
その火が、この人を、そこに縛りつけた。
でも、
東洋思想を「教える側」になったはずが、どこかで逆流するんです。
その思想が、自分を追い込む道具に、変わっていく。
「こうあるべき」が、剣になって、自分に返ってくる。
結果は出る。会社も伸びる。まわりも認める。
でも、心は、どんどん、静かに死んでいく。
わかる人が、わかる力を、フルスロットルで使って。
いちばん得意な武器で、いちばん深く、自分を削っていった。
(この章、笑いどころ用意できませんでした。ごめんなさい)
脱出
ある日、8時間詰められる。
「お前、どう思う」って、相手が望む答えを言うまで。
耐えきれなくて、ミーティング中に涙があふれた。
「泣けてきて、無理です」って。うつが、決壊した瞬間でした。
そのあと、彼女は、遠くの土地への異動を命じられます。
本人いわく、実質、左遷
本拠地から、引き剥がされた。
引っ越しの直前。同僚にこぼす。
「仁義なき戦いの映画を、ずっと見せられてる感じ。私はもう、ワンコが戯れてる映画で、いいんですよ」
…この一言。
同僚が、悪気なく話して、伝わってします。
翌日、クビ。
7年。365日休みなし。経営まで。それでクビ。
12年かけて築いたもの全部、手放しました。2年前の話です。
そして、引っ越した先で。
ようやく、止まったんです。
うつと、診断されて。眠れなくて、薬をもらって。
40年、擬態で走り続けたカメが、生まれて初めて、走るのをやめた。
感じる、の練習
ここから、今のmonaさんです。
止まって、彼女、何をしたか。
美術館に、行ったんです。
16時間働いてた頃は、季節の感覚すら、なかった。
桜が、いつの間にか散ってて、気づいたら雪。
そういう速さで、生きてた人が、美術史を読んで、世界の歴史を聴いて。
やりたかったことを、一個ずつやり直した。
そうやって、確かめてたんです。
「自分は、何を無理してて、何が、本当に好きなのか」を。
長いこと、それが、わからなくなってたから。
そして、Substackを始めます。今年の5月。
記事を読ませていただきました。
そしたら、全部、同じことを言ってるんですよ。
「間(ま)を、大事に」
「不安は、あってもいい」
「普通って、誰が決めたんだろう」
「答え保留棚を、作ってみよう」
「自分に、どんな言葉を、かけてますか」
ぜんぶ、こう言い換えられます。
外の正解に、自分を合わせなくていい。
読んでると、す〜っと、肩の力が抜ける。
許可を、もらった気持ちになる。
いい文章なんですよ、ほんとに。
でも、僕、ここで、変なことに気づく。
これだけ「正解から降りていい」って、上手に言えるってことは、裏を返せば、この人、人生でいちばん、正解にしがみついてきた人なのではと。
長屋で、成績一番にしがみついた。
擬態で、居場所を、確保しにいった。
16時間労働で、「できる社員」の顔に、しがみついた。
わかれば、負けない。
わかれば、生きていける。
「わかる」で、40年、武装してきた人。
その人が、いま、その武器を、そっと置こうとしてる。
読者に「正解から降りていい」って書きながら、いちばん、自分に言い聞かせてる。
だから、あんなに、やさしいのか。
自分が、いちばん、ほしかった言葉だから。
体だけは、擬態できない
じゃあ、いまの、この人の、羅針盤はなにか。
頭じゃないんです。
だって、この人の頭は、なんでも言いくるめられる。
理屈で、自分すら、擬態させられる、最強の武器だから。
羅針盤は、体でした。
配信でこう言ってました。
なにかやる前に、自分にめちゃくちゃ問いかけるって。
「これ、書きたいの?」「喋りたいの?」「やりたいの?」って。
得意なことと、やりたいことは違う。
喋りは得意。書くより簡単。でも、やりたいかは、別。
そして、こう続けた。
「私の心よりも、私の体が、NOって言ってくるんです」
…鳥肌、立ちました。
うつになったとき、感情が消えて、なのに、触れると涙が止まらなくなって。
左耳が、聴こえなくなって。
咳が、止まらなくなった。
頭が「まだいける」って擬態してるのを、体が、実力行使で止めたんです。
だから今、彼女は頭に聞かない。体に聞く。
「心が、やりたいって言ってますか」
「体が、やっても大丈夫って言ってますか」
両方、OKが出たときだけ動く。
擬態の達人が、唯一、擬態できなかった場所を羅針盤にしてる。
そして、あの涙
配信の、いちばん最後。
「最後に、なにか言いたいこと、ありますか」って、振ったとき。
この人、ふっと、泣いたんですよ。
しかも、自分のつらい話でじゃないんです。
聞いてくれてる人に、思いを馳せて、泣いた。
こう言ってました。
「自分に刺さる話を聞きたくない時も、あるじゃないですか。
みんなも、それぞれ抱えてるものがあって、つらいはずなのに。
それでも、聞いてくれてる。それに思いを馳せたら、泣けてきちゃった」
…わかりますか、これ。
15歳で、父の死にすら、泣けなかった人。
「泣く資格がない」って、自分に刻んだ人。
「感情を、味わいそびれた、欠陥品」だって、20何歳まで思い込んでた人。
その人が、40年かけて。
自分のことじゃなくて、人のことで涙を流す。
感じる、の練習。
もう、始まってるどころか、ちゃんと実を結び始めてました。
しかも、そのあと、この人こう言ったんです。
「こういう瞬間のために、生きててよかったって思える」
生きたいと、思ったことがなかった人が。
死に場所を探してた、長屋のあの子が。
「生きててよかった」って、言ったんですよ。
いつか、自分のためにも涙を流せるようになってほしい。
答えを、持たないでいる練習
ここまで来て、やっと、第一印象と、第二印象の、答え合わせです。
僕が「ゆるふわ」「悟ってる」って、誤読したやつ。
あれ、擬態がうますぎたんですよ。
僕には「余裕のある賢者」に見えた。
40年、擬態で生き延びた人の、擬態のなごりです。
そりゃ、本物だ。誤読して当然だった。
で、第二印象の「百戦錬磨、千手観音」。
これは、外れてなかったんです。むしろ当たってた。
千本の手。哲学も、心理学も、算命学も、全部、本物。相当、くぐってきてる。
でも、僕、勘違いしてました。
あの千本の手を「余裕」だと、思ってたんですよ。
全部わかってる人の、余裕の証拠だと。
ちがった。
あの手は余裕じゃない。
生きる意欲のない子が、「生きるって、なんだ」の答えを、探して、探して。
わからないと、死んでしまうから、必死で伸ばしてきた手だった。
千手観音の手は、余裕で、生えたんじゃない。
生き延びるために、生えたんです。
完璧に見えたのは、スキがなかったんじゃなくて。
スキを見せたら終わる、と思って、生きてきたからでした。
でね、
この人の、いちばん、ずるいとこ(褒めてます)を、最後に。
monaさん、「正解から降りていい」って、あんなに言うくせに。
その「正解から降りろ」自体を、新しい正解にはしてないんですよ。
ちょっと分かりにくい?笑
「答えは、外じゃなく、内にある!」って、断言したくなる。
その方が、伸びるし。
でも、この人は、しない。
記事の最後、いつも、こう保留するんです。
「これが正解だと、言いたいわけじゃありません」
「試しに書いてる、という感じです」
「池に、そっと小石を投げ入れるような気持ちで」
わかる人が、わかることの、”罠”までわかってる。
「正解から降りろ」が、また新しい呪いになる、っていう、いちばん厄介な落とし穴を、この人は、最初から見てる。
だから、自分の結論にすら、答え保留棚を使う。
言い切らないで、ふわっと、置いておく。
わかりすぎる人が、あえて、わからないままで、いる。
これ、めちゃくちゃ難しいことなんですよ。
答えを、全部持ってる人が、
答えを持たないでいる、練習をしてる。
これが、monaさんでした。
矛盾は残しておきます。
この人、たぶん、「わかる」からは、完全には降りられない。
だって、それが、生きる意欲のほぼない人の、唯一の火だから。
好奇心が回ってる時だけ、生きてる感じがする、って、本人が言ってた。
わかりたい、が、この人を生かしてきた。
わかることが、感じる、を邪魔してきた。
でも、わかることが、生きる火でも、あった。
降りたいけど、降りられない。
降りられないけど、降りようとしてる。
この揺れは、解かずに置いておきます。
で、こっちに返ってくる
人を知って、自分を知る。
(monaさんも言ってた。)
僕、「考える」を看板にしてる人間じゃないですか。
「わかる」を、売ってる側。せっせと発信して、認められたくて。
monaさんは、その看板の、遥か先にいるんですよ。
「わかる」を、極めて、極めた先で、うつになって、いま「わかる」を、手放そうとしてる。
僕は、まだ、「わかる」を、握りしめてる側。
握って、それで、認められようとしてる側。
しかも、僕、おちゃらけてるでしょ。ふざけるのが好き。
あれ、たぶん、僕の、擬態なんですよ。
深いとこまで、感じにいくのが、こわいから。
笑いに変えて、その手前で、止めてる。
この人は、心と体の声を、聞ける人。
僕は、その声を笑いで、ごまかそうとしてる。
書きながら刺さる。
monaさんも、僕が見習う相手でした。
でも、到底レベルが異次元過ぎるので、あと手を998本、生やしてからにします。
最後に
ゆるふわ姉さん、じゃなかったです。
長屋で「わかる」を武器にして、擬態で生き延びて。
いちばん泣きたいときに、わかりすぎて、感じそびれて。
16時間×365日、その武器で、自分を削って。
全部、手放して、止まって。
いま、生まれて初めて、「感じる」を、練習してる人。
答えを、全部、知ってて。
その答えを、握らないでいる、練習をしてる人。
第一印象を粉々にして、第三印象、やっと言えます。
『わかることで生き延びて、感じることで、生き直してる人。』
かたい、でもない。ゆるい、でもない。
「わかる」と「感じる」のあいだで、こわごわ、手を伸ばしてる人でした。
この個体、「追跡調査、絶対に必要」として、大切に、図鑑に載せておきます。
だって、この人の”感じる”が、これからどこまで伸びるのか。
気になりすぎる。
この記事も、しょせん、僕のフィルターに映った、monaさんです。
だいぶ、色が付いてます。もしくは抜けてます。
ほんとの色は、本人の記事で、交流の中で、直接、浴びてください。
〔ライブ配信アーカイブ〕
〔あとがき〕
書くの、めちゃめちゃ大変でしたってば!笑
千手様のストーリーが濃すぎて、引き出しが多すぎて、やっぱり掘らせる気ないなって感じました。
いつか、直接お会いして、お返しします。
P.S.
次の個体は、地球の外がら来たと噂の、あのかた。
この人もただものじゃなかった_| ̄|○
〔ナニモノ図鑑アーカイブ〕










はじめまして。
あのmonaさんを深掘りしてここまでの記事に落とし込むとは、相当な手腕でいらっしゃいますね…!!!
やられました。ブラボーでございました。
今後も楽しみにしてます。
これはもう図鑑というか伝記!w