ナニモノ図鑑、5人目。
ルール:ちゃんと話せた人か、掘れた人か、惚れた人を掲載。
今回も、お酒を飲みながら話しました。
いつもの酒スタック。飲むための口実、とも言う。
クラさん Classicism【古典主義】自称・逍遥派(しょうようは)
青森で採集しました。
いや、正確には、青森在住で、生まれは沖縄。
なんて日本列島を縦にめいっぱい使ってる人だ。
先に言っておくと、この人だけは、ライブのあとに追加調査までしました。
1回話したくらいじゃ、どうしても掴めず…。
(理由は、あとで)
さぁ、恒例の、第一印象から第三印象への掘り下げ。
正直に言うと、ライブ配信時は第二印象までしか、用意できてなかったんですよ。
シンプルに、つかみどころがなかった。
第三印象が間に合ってない。
お土産、1個足りないまま玄関に立ってる感じで。
(配信の時にそのまま伝えた)
まず、第一印象。
ひとこと、4文字。
『かたぶつ😕』
はい、これはもう名前のせいです。
古典主義。哲学。逍遥派。
なんて読むねん。
(3年前の僕がこの単語を見たら、蕁麻疹が出てた)
記事から入ったのもある。
違う世界の人だと思った。硬そう。頑固そう。
何か1つ聞いたら、長文がドバっと返ってきそう。
話合わなそう。絶対、趣味、読書でしょ。
フォローしなくていい違う世界のだな。
(言い過ぎ言い過ぎ!)
ところがどっこい。
追ってると、頭が混してきた。
いや、追ってはなかったんです最初は。
追ってないのに、この個体、やたらいる。そのへんに。
そこで感じた、第二印象がこちら。
『ひょうきん者🥳』
ライブのコメント欄のこの人、おちゃらけてて、面白くて、可愛いんですよ。
(年下の僕が言うのもあれですけど)
これなんて今日のこと。
あるひとのライブ配信のコメ欄。
な~にやってんの?笑
注:クラさんは44歳です。
みんなに「クラちゃん」の愛称で呼ばれるのが固定されてきて、いま、とっても嬉しいタイミングなんです。
どうか、みなさん、温かい目と心で。
そして、記事もそう。
哲学オヤジを名乗っておきながら、ゲームの衣装に課金して、息子に詰められてる。
「その髪型と顔は、徳ですか」って。
(な~にやってんの?笑)
しかもこの人、なぜか詐欺師にモテる。
警察を名乗る電話も、あやしいDMも、片っ端から手玉に取って、記事のネタにしてる。
かたぶつ、どこ行った。
(あやしいサイトとか、登録してないよね…)
で、いつもならこの辺で第三印象がストンと落ちる。
けど、落ちない。
かたぶつも、ひょうきん者も、どっちも当たってる。
でも、芯が掴めない。
理由は、たぶんこうです。
この人の軸って、やっぱり哲学なんですよ。
哲学って、実感とか、形のあるものの中の話じゃない。
正直、僕には理解しづらい。
その、理解しづらいものを、ど真ん中の軸にしてる人だから、余計につかめない。
しかもギャップが邪魔をする。
固いと思ってたら、固くない。
じゃあ何なんだ、が、ずっと定まらない。
(どうする、クラさん回、飛ばす?)
もう1個ある。
哲学って、伝え方を間違えると、一発で「思想が強い人」認定されて、距離を置かれるんですよ。
クラさんは、それをよく分かってる。
だから、あまり極論を言わない。言葉を選んで、薄めて出す。
考えを知ってほしい人だから。
押したら、逆に人がいなくなる。
強く出さない。だから、外から見ると輪郭がつかみにくい。
そりゃ、つかめないわけです。
本人に言ったら、こう返ってきました。
「大して掘るとこ、ないと思うんで」
(やった、本人も認めたので、飛ばそ!)
いや、違うんです。
掘るとこがないんじゃなくて、掘る入口が、想像と全然ちがう場所にあったんですよ。
めっちゃ探しましたよ。スコップ抱えて。真夏に。
何日間、あなたのことを考えてたことか。
(西野カナ臭)
正直、ライブが終わっても、まだ掴めてなかった。
ので、さっき言った「追加調査」です。
今日、犬の散歩をしながら、電話したんですよ。ライブでもないのに。
「ちょっとだけ」のつもりが、50分。
(“男同士の長電話”ほど、コッテリ聞こえるものはない。)
その50分で、やっと掴んだ。
…はずです。
書きます。
まず、「逍遥派」の由来から。
(“しょうようは”って読むよ。大丈夫、ヒゲがいるから👍)
逍遥派って、大昔のギリシャで、歩きながら弟子に教えた人たちのこと。
…なんて聞くと、もう聞きたくなくなるじゃないですか!
まぁまぁ、落ち着いてってば。
木漏れ日の中を、賢人が、思索しながら歩いてる。
僕もそういう絵を想像してました。
でも、本人が書いてる由来は、こうでした。
とある難しい本を手に取った。
でも内容が重すぎて、家で普通に読んでも、頭に入ってこない。
外で読んだ。声に出した。まだ足りない。
じゃあ、いっそ歩きながら音読したら…。
海岸のサーファーの横で。
山のバス釣り師の横で。
人目も気にせず、息を切らして、音読しながら歩くおじさん。
これ実際にやってるみたいです。
(…なんか言いたいけど、言ったら傷つけそう。ここは押さえて。)
で、ここまでは、前フリです。
本題は、「なんでそこまでするのか」の方。
この人、底なしにハマる人なんですよ。
まず、子どもの頃の話。
潮干狩りが好きで、海の生き物を、時間を忘れて探しまくる子だった。
カニに手を挟まれても、気にしない。
挟まれたまま「捕まえた」って喜んでたらしくて、
親に「お前はカニ相手にパーを出したのか」って大笑いされた、と。
(待って、親を掘る方がおもしろそう。)
手には今も、海の毒針にやられた跡が残ってるそうです。子どもの頃の。
釣りにハマってからは、もっとすごい。
台風の日でも、一人で自転車で海に行く。
「台風の日は釣れる」。頭の中、それだけ。
心配した同級生が、わざわざ探しに来るレベル。
(今では完全に炎上案件)
毎日、魚図鑑を眺めて、同級生の顔が魚に見えてたらしい。
もう、重症。
で、ここがポイントなんですけど。
この人、「釣りが気長にできるから好き」なタイプじゃないんですよ。
魚が釣れないと、落ち着かない。
餌を変え、水深を変え、仕掛けを変え、気配がなければ、違う魚を探しにいく。
本人いわく、もう「狩り」に近い。
のんびり竿を出して、風を感じて、時間そのものを楽しむ人じゃない。
狙った魚を、自分の見立てどおりに釣り上げたい。
そこに、ゴリゴリにのめり込む人でした。
大人になってからも、同じでした。
仕事は、転職6回。
…って聞くと、フラフラした人を想像するじゃないですか。
逆でした。
行った先、行った先で、極めちゃうんですよ。
みんなが機械を3つ扱えれば十分な現場で、一人で11個扱える、みたいな。
たぶん、「会社が面白いかどうか」は、この人、どうでもいい。
会社がつまらなくても、その中の”仕事”を、どう面白くするか。
どこまで極められるか。
そっちにハマって、気づいたら、周りから重宝されてる立ち位置になってる。
本が頭に入らないのに、歩いてまで叩き込むのも、これですよね。
入らないなら、入るまでやる。手段は問わない。
周りが見えなくなるくらい、底までハマる。
ちょっと、危ういくらいに。
釣りの話をしてる顔と、哲学の話をしてる顔が、たぶん同じなんですよ、この人。
対象がなんであれ、底まで潜る。
そこだけは、子どもの頃から、ずっとブレてなかった。
考えてみたんですけど。
(ねづっちの「整いました」てきなやつ)
このハマる素地、どこで出来たのか気になって、聞いてみたんです。
そしたら、お兄さんの話が出てきました。
歳の離れた、多趣味なお兄さんがいて。
その人が、いろんなものを家に持ち込んでくる人だった。
難しい本がいっぱいあった。
音楽も強い影響を受けたようで。
クラさんが今持ってるレコード、2000枚。
え?
音楽も、本も、全部お兄さんから繋ぎ受けてた。
しかもお兄さん、年に数回しか会えない存在だったらしくて。
だから会える数日間は、全力。
兄が見せてくれる世界を、浴びるように吸い込む。
これ、でかいと思うんですよ。
そして、「知らないことを知るのは、楽しい」を、体で覚えてる。
何かに出会ったら、底まで潜って、確かめにいく。
その回路が、たぶん、ここで出来てる。
釣りのセットを最初に買ってくれたのも、そのお兄さんだったと。
ぜんぶ繋がってる。
で、、、
電話で一番、腑に落ちたのがここ。
僕、ずっと引っかかってたことがあって。
クラさん、記事では「まず動け、案ずるより産むが易し」って言うんですよ。
なのに一方で、「遠い先を見ろ、計画しろ」とも言う。
逆じゃないですか。
動いてから意味が来る人が、なんで”先を見よ”を説くのか。
で、電話で聞いたら、矛盾じゃなかった。
順番でした。
そもそもこの人、「考えてから動く」と「動いてから考える」の、どっちに重きを置くか、はっきりしてた。
動く方でした。まず、動く。
で、近くを動いてると、些細なことに、ぶつかるんですよ。
小さいことにつまずいて、乗り越えて、また次につまずく。
それを繰り返してるうちに、自分の「外堀」が、だんだん固まってくる。
外堀が固まって、はじめて、その先に「向かうべき点」が、ぽつんと見えてくる。
本人の言葉です。「外堀が固まる」。
これ、聞いた瞬間、あ、繋がった、って思いました。
先に地図があって、それを見て動くんじゃないんです。
動いて、ぶつかって、外堀を埋めて、そのあとで、やっと遠くが見える。
だから、「遠い先を見ろ」も「まず動け」も、矛盾じゃなかった。
動いた”あと”にしか、遠くは見えない。
同じ一本の、前半と後半だった。
しかもこの人、昔は、その真逆だったんですよ。
大学を中退して、目標も一緒に潰れて、「何となく決めた仕事」から始まって。
記事にも、はっきり書いてる。
「目先にばかり気をやり、先の事など考えられなかった」って。
電話でも、そこは相当な言い方をしてました。
「若い頃の自分を、今どこかで見つけたら、消したい」
…消したい、ですよ。
そこまで言うか、と思ったけど笑
(うん、対面で会わない方がいいかも😊)
でも、これって裏返しなんですよね。
昔の自分を「消したい」と言えるってことは、今、その自分を、何段も上から見下ろせる場所に立ってるってこと。
見下ろすための”軸”が、今はある。
昔は、無かった。
動いて、ぶつかって、外堀を埋めて。
そうやって、あとから、自分を見る目を、手に入れた人でした。
計画性も、俯瞰も、ぜんぶ、動いた後に立ち上がってる。
じゃあ、なんで今、哲学なのか。
これも聞きました。
「哲学」って言うと、急に遠い話に聞こえるじゃないですか。
(僕はめっちゃ近い話に聞こえてるけど。すぐそこ。)
でも、入口は、めちゃくちゃ生活の話でした。
きっかけは、お子さんです。
子どもが生まれて、親として教育することになる。
いろいろ教える。しつける。
でも、あるとき、ふっと思ったらしいんです。
その子が大人になったときの社会が、もし、希望の持てないものだったら?
自分がどれだけ丁寧に教えても、その教育、意味が薄れちゃうじゃないか、と。
しかも、世の中を見渡すと、みんな不満だらけで。
不景気だ、政治がどうだ、って文句をぶつけてる大人ばっかり。
自分がそうだったって。
そういう大人を見て育つ子が、いい生き方を、できるわけがない。
だったら。
子どもに渡すものを、ちゃんとしなきゃいけない。
その前に、自分の中に、確かな基準を持たなきゃいけない。
そこから、子どものことだけじゃなく、政治や、世の中の仕組みや、その先のことに、目が向いていった。
哲学は、そうやって、あとから来たんです。
思想が好きで入ったんじゃなくて、子どものために、自分の中で必要に迫られて、たどり着いた。
しかも、去年。
奥さんを亡くされてる。
(ここは触れていいか迷いました。でも、この人の核なので。)
渡す担当が、夫婦二人から、自分一人になった。
一人で、二人分。
母親が渡すはずだったものまで、全部、自分が背負って渡さなきゃいけない。
その重さが、この学びの、いちばん下に、たぶんあります。
哲学を、頭で選んだんじゃない。
子どもと、いなくなった奥さんの分が、この人を先に動かして、あとから名前がついた。
「なんで哲学なんですか」の答えが、こんなに切実だと思わなかった。
で、ここからが、電話してて一番ゾワッとしたとこ。
この人、底まで潜る人なのに、見てる範囲が、やたら広いんですよ。
話してると、こうなるんです。
(ちょっとヒゲの解釈も入ってるかも)
子どもが善く生きるには、その子が生きる社会が、善くないといけない。
社会が善くあるには、日本が、まともじゃないといけない。
日本がまともであるには、世界の中での立ち位置を、見ておかないといけない。
家族の話をしてたはずが、気づいたら、世界の話になってる。
しかも、飛躍じゃないんですよ。
一段ずつ、地続きで、上がっていく。
「善くする」の”善”って、善処の善、善いという字の方です。
得とか、損とか、そういう話じゃない。
その”善くする”の射程が、家族から、国から、世界まで、するする伸びていく。
「大きいことをしたい」、とは、全然違います。
見てる範囲が、ただ、でかい。
でも、それも大層に考えるんじゃなくて、
家族 → 地域 → 国 → 世界、みたいに、
地続きで、自然とそうなるって感じかなと。
ここで僕、ちょっと混乱したんですよ。
だって、ふつう、逆じゃないですか。
底まで潜る人は、目の前しか見えなくなる。視野が狭くなる。
スケールがでかい人は、地に足がつかない。
周りから見てフワフワする。
この人、両方、同時にやってるんです。
あの、台風の日に一人で海に行く、釣り小僧の心のまま、見てる先が、国とか世界。
深いのに、広い。
これが、両立するのか、と。
で、電話しながら、やっと分かったんです。
たぶんこの人の中では、深いと広いが、そもそも別のことじゃない。
子どもとの向き合い方を、突き詰める。
自分に起きたことの、捉え方を、突き詰める。
それと、国や世界のことを考えるのが、地続きなんですよ。
同じ一本の軸の、目盛りが違うだけ。
ノウハウって、対象が変わると、使えなくなるじゃないですか。
釣りのコツは、子育てには効かない。
仕事の段取りは、世界情勢には効かない。
でも、この人の持ってる軸は、親子の話にも、世界の話にも、同じように置けるんです。
大きさを変えても、ブレない、一本。
この軸が「哲学」なんでしょうけど。もう、性格ですよね。
だから、達観して見えるのか、と。
自分がどこに立ってるかまで、上から見えてる人。
「レベルが高い」って言葉、値付けするようで、あんまり人には使いたくないんですけど。
高いんですよ、この人。
話してて、何回か、こっちが背筋を伸ばした瞬間があった。
さて。
ここで、こっちに返ってきます。僕が図鑑をやる意味。
いろんな人の経験、生き方、在り方から、一部を拝借する。
犬の散歩をしながら、電話してたって言いましたよね。
「ちょっとだけ」のつもりが、気づいたら50分。
歩きながら喋って、犬は嬉しいばっかりだけど。
ライブでもないのに、なんで僕、こんなに掘ってるんだろう、って途中で思ったんです。
で、その理由に、電話しながら気づきました。
この人、もしかして、10年先の僕では。
まぁまぁ、ちょっと聞いてください。
(僕の話になるとチャンネル変える人、いねーよな?)
僕はこれまで、頭を、ビジネスにしか使ってこなかったんですよ。
経済活動。経営。マーケティング。数字。
もちろん、届けたものが、誰かの人生を少し豊かにすることもある。
でも、基本は、それだけ。
で、最近、ずっと引っかかってることがあって。
それ、別に、僕がやる必要ある?って。
僕より上手い人や、いい会社があれば、お客さんは、そっちから買えばいい。
その方が究極的には、お客さんのためになる。
そこに信念とか、思想とか、”この人から買いたい”がないと、結局、誰から買っても同じなんですよ。
会社だって、一個の人格みたいなもので。
何を想ってやってるのか、がないと、選ばれる理由がない。
そう、たぶん「思想」に触れ始めてたんです。
そんなことを、考えはじめたタイミングで、Substackに来た。
そこで、人の思想とか、生き方みたいなものに、初めて頭を使いはじめたんです。
この図鑑だって、そうですよ。
人が、どんな経緯を歩いて、どんな感情に至って、今どう考えて、どう動いてるか。
それを掘りたい、っていう、この衝動そのものが、たぶん、哲学の入り口なんです。
で、クラさんは、その入り口を、もう何年も前にくぐってるんですよ。
入り口は別だったとしても。
底までハマって、動いて、ぶつかって、外堀を埋めて、遠くを見て、子どもや、その先の代まで、射程を伸ばして。
最初、一生関わることのない類の人だと思ったんですよ。
(正直に言い過ぎでは…)
僕は「考える」の看板で、頭で登る人。
クラさんは、体から動く人。
でも、違った。
違う世界の人じゃなくて、同じ道の、ずっと先を、息を切らして歩いてる人でした。
僕が今、興味が向くまま哲学にハマっていったら。
数年後、たぶん、この人みたいになる。
やってみないと、分からないですけど。
でも、そんな予感がして、僕はそれを伝えずに電話を切りました。
(犬は、いま横で爆睡。)
最後に、シンプルに言います。
かたぶつ、じゃなかったです。
底なしにハマって、動いて、あとから意味が追いついてくる人。
そんな中で、軸ができて、それが哲学にはすでに答えがあるかも、と気づいたひと。
その軸を元に、一点に潜る手つきのまま、国とか世界まで見てる人。
そして、たぶん、10年先の僕。
第三印象、やっと言えます。
『愛が深すぎて、哲学になった人。』
子どもへの愛、奥さんへの愛、日本人への愛、人類への愛。
この個体もまた、「追跡調査が必要」として、大切に図鑑に載せておきます。
というか、追跡してたら、自分の未来まで見えてしまった。
こわ。
あ、自分の未来では、ひょうきんさは、薄くしていたい笑
あとがき
ほんと、名前が固いだけで、いろんなライブ配信のコメ欄で、楽しくされてますわ笑
僕からすると、あ、今日も元気そうだ、って生存確認出来て良いです😉
そして、自分がコラボ配信した後は、DMで「大丈夫でした?」「あれすみませんね」って、わざわざ謝ってくる、ちゃんとし過ぎてる人です笑
P.S.
次の個体は、満を持して、あの先生です!
絡みは少ないんですが、実は僕がサブスタで5番目くらいにフォローした人。
8/13(木) 21:00 から、初めてのコラボ配信も。
さぁ、解剖のお時間です🤡
〔ライブ配信アーカイブ〕
〔ナニモノ図鑑アーカイブ〕









なるほど〜
なるほど〜
マサヒゲさん、初めてコメント差し上げます。こんにちは、ゆかりっくです。
何、この長文!というのが第一印象(すいません、正直に書きます)
でもね、読み進めて行くうちに、クラさんの事を深掘りされるマサヒゲさんの「愛」を感じました。
クラさんのことも、知ることが出来ましたし、マサヒゲさんの人を観る視点が深くて、その洞察力はどうやって培われてきたのか、知りたくなりました。