「やりたいことが特にないんですよね」
昔の僕は、そう漏らしていました。
深刻な相談というよりは、飲みの席とかで、ぽろっと。
自分の中では結構ずっと引っかかっていました。
周りが夢だ目標だと言っている中で、自分だけ手ぶらな気がしてくる、あの感じ。
覚えがある方、多いんじゃないかと思います。
(今もたまに、あの感覚に戻ります笑)
その頃の自分に渡せるものを、少し考えてみたので置いておきますね。
「将来の夢は?」という無茶ぶり
思い返すと僕たちは、小学生くらいから何度も聞かれてきました。
「将来の夢は?」
「大きくなったら何になりたい?」
「10年後どうなっていたい?」
これ、けっこう無茶な問いですよね。
大人の今でもよく分からんのに…。
だって、素材がないんです。
世の中にどんな仕事があるかも知らない。
人生の起伏も味わっていない。
挫折も成功もこれからの子どもに、「何になりたい?」と聞く。
完全に思考停止してる側の問い。(言い過ぎ)
でも答えは出さないといけないから、ひねり出して、
ケーキ屋さんとか、サッカー選手とかYouTuberとか。
そのまま僕たちは大人になって、今度は自分自身に同じ問いを向ける。
「本当は何がやりたいんだろう」
そして静かに、内側を掘り始める。
内側を掘っても、出てこない
ここで少しだけ、身も蓋もない話。
「やりたいことは自分の中にある」というのは、けっこう最近の思い込みです。
昔の人はそんなこと考えなくてよかった。
家業を継ぐとか、村で必要な役割をやるとか、生まれた場所で決まっていた。
良い悪いの話じゃなくて、そういう構造だったというだけです。
「内側に答えがあるから、掘り出せ」というモデルは、
近代以降に少しずつ作られてきたものなんですよね。
学校教育、自己啓発本、SNS。
だいたいその方向を向いている気がします。
だから僕たちは、目標が出ないと不安になる。
出ないのは、内省が足りないからだと思う。
もっと自分と向き合わないと、と思う。
ちなみに僕もこれで結構な時間を溶かしました。しょぼん。
でも、掘っても出ないんです。
そもそも、そこには無いから。あうち。
冷蔵庫を開けても、料理は湧かない
ここでちょっと、身近な話に降りますね。
空っぽの冷蔵庫を想像してください。
「今日、何食べたい?」と自分に聞きながら、パカッと開ける。
何もない。パタン。
5秒後、なんかいい案が浮かぶかもしれないと思って、またパカッと開ける。
やっぱり何もない。パタン。
これを繰り返して、料理が生まれることはないですよね。
やりたいことがない状態で内側を掘るのは、これに近いんじゃないかと思っています。
素材がないのに、頭の中だけで組み立てようとしている。
当たり前ですけど、素材がないと料理は作れない。
やりたいことが浮かばないのは、想像力の欠陥じゃなくて、素材の在庫切れです。
言い換えると、こういうことです。
内側を掘るのは、料理を作る作業
外に触れるのは、買い物に行く作業
買い物に行かずに料理はできない。
当然の話です。
でも目標の話になると、なぜかみんな、
買い物に行かずに料理を作ろうとします。
僕がそうでした_| ̄|○
素材は外にある
じゃあ何を買いに行けばいいのか。
ざっくり4種類あると思っています。
1. 人 - すごい人、面白い人、憧れる人。
誰かに触れると、自分の中に「こういう方向もあるのか」という媒介者が住み着きます。YouTubeで一流の人を見続けるのも、これですね。会えなくていいんです。
2. 場 - 違う環境に身を置く。
旅でも、越境でも、いつもと違う集まりでも。慣れた場所にいる限り、視野は今の広さのままです。
3. 体験 - やったことないことをやる。失敗する。小さくていいです。「意外とハマった」「意外と嫌いだった」の両方が素材になります。
4. 言葉 - 本、記事、対話。他人の言葉は、自分の中のもやっとしたものに輪郭を与えてくれる道具です。この記事もそういう役に立てたら嬉しいです。
ちなみに僕はYouTubeで経営者やプレーヤーを延々ウォッチするのが好きです。
気になる人ができたら、YouTubeもXもそういった人で埋め尽くします。
素材が溜まってくると、面白いことが起きます。
内側の景色が勝手に変わり始めるんです。
何かがピンと来たり、逆に「これは違うな」と分かったり。
これはもう、内省じゃなくて編集作業です。
素材があって初めて、まともな料理ができる。
動くと、過去が意味を持ち始める
もう一つだけ。
動いていると、面白い副作用があります。
過去の意味が、後から変わり始めるんです。
「あのとき遠回りしたのは、実はここに繋がっていたのか」
「あの経験があったから、今これが引っかかったのか」
こういう「後から繋がる感覚」は、動いた人にしか来ません。
動いていないと、繋げる材料がそもそも溜まらない。
過去は変えられないと言いますが、意味は普通に変わります。動けば。
僕の場合の話(短めに)
僕自身の目標の輪郭も、内側から湧いたことは正直ないです。
YouTubeで一流の経営者やプレーヤーを見続けたら、
「あ、こういう方向いいな」と少しずつ形が見えてきた。
あとは、仕事の中で不満や課題を感じたときに
「これ、自分がなんとかしないと誰もやらないな」
と引き受けた瞬間に、方向が固まっていきました。
外を見て、目の前を引き受ける。
この2つが噛み合ったとき、僕の目標は初めて立ち上がりました。
内側を掘って出てきたわけじゃないんです。
外から入ってきたもので、内側が編集された、という感じ。
最後に
やりたいことがない、と感じている方に伝えたいのは、たぶんこの一言です。
あなたの内側は壊れていません。
空でもありません。ただ、素材待ちなだけです。
内省を頑張らなくていい。
掘っても出ないものは、掘っても出ないので。
代わりに、外に出る。人を見る、場を変える、小さく試す、言葉に触れる。
そうしているうちに、たぶん気づいたら、輪郭がぼんやり見えてきます。
「これかもしれない」が来る。
まだ「これだ」じゃなくていいんです。
「かもしれない」で十分。
僕もまだ「かもしれない」を更新し続けています。
たぶん一生そうです。それでいい気がしています。
冷蔵庫、まずは開ける前に、買い物に行きましょう。
substackは、そういう意味で、いろんな人がいて最適な場所かなと感じる今日この頃です😚✨


